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ごあいさつ

小樽生まれの小樽育ち、生粋の小樽っ子です。

現在、小樽で寿司を提供するお店は、100店舗以上はあると思われます。

小樽の寿司に特化した情報サイトです。

小樽の寿司の歴史

明治

小樽である程度の町が形成されたのは明治時代からで、その頃にも寿司は小樽でもありましたが、現在のような専門店は少なく、和洋食と一緒に提供するお店が殆んどだったようです。
※明治2(1869)年 小樽群9町4村 2,611人

大正

大正初期には「会津屋」「加賀屋」「福井屋」(いずれも現存しない)といった広告には、「寿司・御料理」という表現がみられ、寿司店としては「都寿司」(現在三代目)「江戸っ子」という名前も登場します。

その中でも、オタモイ龍宮閣を創設した「蛇の目寿司」(現存しない)が、小樽で一番古い寿司屋だということです。

当時も今と同じように、寿司はご馳走の一つで、来客や祝い事などがあると家族総出で寿司を食べに行く光景が見られたようです。

昭和

昭和61(1986)年に小樽運河散策路が完成したのを期に、小樽観光は脚光を浴び、翌昭和62(1987)年には「魚供養祭」が地元の一部の寿司店の結束から誕生し、これが現在の「寿司屋通り」に至る契機となります。

現在

現在小樽で寿司を提供するお店は、130店舗以上はあると思われますが、その中で一代で古いのは「若寿司」で、もう50年以上続いていると大将が話していました。

参考図書:おたる案内人テキストブック

小樽祝津 民宿青塚食堂

青塚食堂

かつて鰊の銀鱗が舞い栄華を極めた小樽。
祝津はその鰊を追って船をこぎだした男たちのロマンの浜。
その漁師の心意気を自慢の味にかえて、おもてなしの心で皆様のお越しをお待ちしております。

網元青塚の網起こしの様子

青塚ではその日に獲れた前浜の幸をご提供いたします。

鰊うんちく

江戸時代から明治・大正・昭和の初期に大量に獲れていた北海道の春ニシンは、北海道サハリン系ニシンと言います。現在、祝津の前浜で1月から3月頃まで獲れているのは、石狩湾系ニシンと言う地方系群です。

近年、放流事業のおかげで、鰊の漁獲高が年々増えており、毎年のように群来(くき:沿岸での産卵)が見られるようになりました。

YouTube:小樽でニシンの群来確認(2012/02/20)北海道新聞

青塚食堂さんでは、前浜のものを優先的に使用していますが、時期によってはアラスカ産のものも使用しているそうです。

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作成開始:2010年3月~


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